オーシャンゼリゼのオリジナル

 2010年の夏は、ともかく暑かった。暑すぎて、音楽をあまり聴く気にならないというのは、初めての体験だ。そんなボーッとした頭に鳴り響いてやまなかったのが、「オーシャンゼリゼ」のなんとも気の抜けたメロディ。この曲は昔から、いやというほど繰り返しカヴァーされ、ことあるごとにCMやら番組やらで使われてきた。のんびりしたメロディが映像に合わせやすいというのもあるだろう。
 今年の初夏にオンエアされていたのは、ゼリア新薬工業の二日酔い防止ドリンク「ヘパリーゼ」のCMとミスパリというエステティシャン養成学校のCM。
 ミュージカルもどきCMのBGMとして、「へパッと飲もうぜ〜ペパリーゼ」という醜悪な替え歌がなぜ作られたのかは疑問だが、ミスパリの方は名前が「パリ」だからわかりやすい。
 この歌ほど端的に<フランス〜パリ>というイメージを喚起してくれものはないので、これまでもフランス的イメージには定番として使われてきたからだ。
 しかし、実は衝撃の事実が・・・。(笑)この歌は、実はもともとパリのことをうたた歌ではなくロンドンの歌だったというのご存じだろうか?

 「オーシャンゼリゼ」は、1969年にアメリカ生まれのフランス人シンガー・ソングライター、ジョー・ダッサンが大ヒットさせて世の中に定着した。日本では、むしろ同時期にフランスのアイドル歌手として紹介された、ダニエル・ビダルがヒットさせた曲として記憶されている人が多いだろうか。あるいは安井かずみの訳詞で、越路吹雪が歌ったものを記憶している人もいるだろう。しかし、ともかく世界的には、ジョー・ダッサンの歌なのだ。

Joe Dasiin / Les Champs-Elysées

 しかし、この曲には原曲がある。「ウォータールー・ロード」という曲で、作曲したのはマイク・ウィルシュとマイク・ディーガンというコンビ。マイク・ウィルシュは60年中期には、「ジュリエット」という英国No.1ヒットを出した、フォー・ペニーズというバンドのメンバーでピアノを弾いていた人物だ。同じバンドでギターを弾いていたフリッツ・フライヤーはプロデューサーとなり、後にホースリプス、スタックリッジ、クラナド、モーター・ヘッド、プレリュードなど多くの有名アーチストと仕事をしているが、この時点ではジェイソン・クレスト(Jason Crest)という泣かず飛ばすのサイケデリック・バンドを担当していた。
 このバンドは1968年から1969年の間に方向の定まらない5枚のシングルを発売したが、結局一つもものにならず解散、今ではレアレコード・マニアにのみ知られる存在となっている。彼らをフィリップスレコードにリクルートしたプロデューサーのフライヤーは、3枚のサイケデリックなシングルで失敗を続けたバンドの4枚目のシングルとして、友人の作ったサイケとは完全に無関係な曲をリリースすることにしたのだ。かくして、サイケデリック・バンド、ジェイソン・クレストが歌う、超ほのぼのソング「ウォータールー・ロード」が発売された。

Jason Crest / Waterloo Road

 実はこの曲は同時期に複数のアーチストが競作しているために、どれが完全なオリジナルかというのは難しいようだ。実際、ウィルシュとフライヤーのバンドメイトで、この時期ソロ活動を行っていた、元フォー・ペニーズのボーカリスト、ライオネル・モートンもこの曲を歌っている。しかし、ジョー・ダッサンが聴いたのが、クレストのバージョンだったのだろう。今日、一般には「ウォーター・ロード」はジェイソン・クレストの楽曲として知られている。
 ジョー・ダッサンはこの曲を、当時滞在していたロンドンで聴いたらしい。気に入って、ピエール・デラノエに訳詞をさせたものを「Les Champs-Elysées オーシャンゼリゼ」として翌1969年にリリースしたところ、全仏でNo.1になる大ヒットに!完全なスタンダードになってしまったのだ。
 しかし、ジェイソン・クレストの方のオリジナルは、ダッサンの「オーシャンゼリゼ」がヒットした後も、売れることなく忘れ去られた。そもそも彼らは、自分たちのテイストと違う、「ウォータールー・ロード」などという曲をレコーディングしたこと自体を後悔していたらしい。邪推かも知れないが、この曲がヒットしなかった理由はもう一つあるような気がする。この曲が発売される1年前1967年にイギリスでは、すでにウォータールーという地名を歌った曲が大ヒットしていたからだ。あの有名なキンクスの「ウォータールー・サンセット」である。
 ちなみに、70年代のABBA曲にも「ウォータールー」というのがあるますが、こちらはロンドンの地名ではなく、有名な「ワーテルローの戦い」(ベルギーの地名)に引っかけた内容で、ロンドンの地名のことではありません。(ウォータールーはフランス語読みでワーテルロー。その他世界中に同名の地名がある。)

Lionel Morton版 / Waterloo Road

Daniele Vidal 版 / Les Champs-Elysées

新ヘパリーゼのCMの方はこちらから
http://www.hepa.jp/tvcm.html