はじめてのチュウ!ナチュラルバージョン!?

 食欲の秋に合わせてということだろうか。最近は、夏ばかりでなく、秋口にも新作ビール飲料がいろいろ発売されるようだ。今年の秋ビール(ホントは発泡酒だが)として、口火を切って発売されたアサヒの「くつろぎ仕込み<4VG>」のCMを見て驚いた。
 いやいや、リラックスムードで男の股間に頭をのせた北川景子がうれしそうにビールを差し出す映像には変なところはない。驚いたのは、BGMが「初めてのチュウ」だったからだ。ああ、驚いた!

最初のバージョンは削除されてしまったようで・・・

 過去にも英語バージョンがCMで使われたことはあるが、日本語版がCMなどという晴れがましい場で流れるとは・・人ごとながら感動である・・・。
 この曲は確かに驚くほど隠れファンが多く、カラオケなどでも根強く歌われているという・・・が、もともとは子供用アニメのテーマソングというオマケのような存在から出発した曲である。その上、肝心の歌はテープの二倍速を使った「帰ってきたヨッパライ」以来の不真面目な造り。それがついにはメジャー企業のCMにまで上りつめたのである。
 「はじめてのチュウ」のオリジナルの歌手は「あんしんパパ」という怪しげな名前で、1988年からフジテレビ系列で放送された藤子・F・不二夫原作のアニメ「キテレツ大百科」の四代目のオープニングとして採用され、その後はエンディングテーマとしても使われた。

キテレツ大百科 OP 「はじめてのチュウ」

 伴奏は全面チープなシンセ。声も前述のごとくギミックなもので、子供用の遅れてきたテクノサウンドなのだが、メロディーが素晴らしく、構成もよく練られている。ちょっと甘酸っぱい歌詞と相まって、エバーグリーンとしての脂質を備えていたのだろう。
 発表当初から隠れファンがおおく、木村拓哉、桑田佳祐、山崎まさよしなどもライブで取り上げたことがある。
 レコーディングしたアーチストも多いが、有名なのはLUV and SOULのR&B風カヴァーと、日本のスケーターパンクバンド、Hi-STANDARDが英語で歌ったものだろう。(曲名も「My First Kiss」になった。)2006年の日産セレナのCMではガガガSPがHi-STANDARD版をそのままカヴァーしたものがBGMとして採用されている。また、英語版と言えば、J-POPもカヴァーしている西海岸のパーティー・メタルバンド、アンドリューW.K.もこの英語版をカヴァーしているが、こっちはさすがに向こうの曲にきこえる。(笑)

山﨑まさよしのカヴァー

 そして今回のビールCM。歌っているのはハナレグミ。なかなか豪華なカヴァーソングだ。
 ちょっとヒットのスケールは違うが、テクノの形を借りた典型的ポップソングで、パンクバンドにもカヴァーされるなど、いつまでも愛され続けている曲という意味合いで、日本版の「ラジオスターの悲劇」と言ってもいいかもしれない。

Hi-STANDARD – My first kiss

 さて、この曲を作詞作曲した人物が、実川俊晴(じつかわ としはる)だ。あんしんパパというユニット名でオリジナルを歌っているのも、この人物。今や「はじめてチュウ」の作者としてしかメディアに取り上げられることがないが、かなりベテランのミュージシャンで、作詞・作曲家、アレンジャー、プロデューサー、ボイストレーナーでもある。
 1948年生まれというから、彼はほぼ団塊の世代といっていいだろう。そのキャリアのスタートは、九段高校在学中に結成したカレッジ・フォークのバンド「ザ・マミローズ」。担当はドラムスであった。このバンドは1967年結成で68年にシングルを発売するが、その後バンドは「ハロー・ハッピー」と改称し、更にシングルを発売するも解散。1971年には今度は自らがフロントマンとなったバンド、マギーメイを結成する。
 マギーメイは実川本人も、「ハード・フォークグループ」と呼んでいるが、当時ブームだったいわゆるフォークとは一線を画すプログレッシブなコーラスワークとフォーク・ロックテイストのサウンドを聴かせる個性的なバンドだった。フォーク界の介護士とも呼ばれる、THE ALFEEの坂崎幸之助も当時のマギーメイのファンだったと公言している。

「もぬけのから」
マギーメイのセカンドアルバム「もぬけのから」

 マギーメイはレコード会社を東芝、ポリドール、コロンビアと渡り歩き、2枚のアルバムと5枚のシングルを発売したが、1975年に解散。しかし、3枚目のシングル「続・二人暮らし」は、ささやかなスマッシュヒットを記録した。
 この曲は、現在入手がきわめて難しいが、実川の実力をよく示した傑作である。本人も「四畳半ロック」と言うように、彼女と同棲している男のコの、とても女々しい胸の内をごくごく素直に歌い上げる歌なのだが、その歌詞は当時としてはかなり新鮮なものだった。

 この曲がリリースされた1973年といえば、世の中はまだフォークブームのただ中。「神田川」「氷の世界」「母に捧げるバラード」などがヒットし、吉田拓郎、井之上陽水、かぐや姫、海援隊、泉谷しげる、チューリップなどがブームを牽引していた。ようするにほぼ地方出身ミュージシャンの天下である。(東京のフォークシンガーといえば、小室等とか斉藤哲夫だが、実に地味な存在。ガロのうち2人は東京出身だが、彼らは自分で曲を書いたわけではないし・・・)
 いまではそのようなギャップは想像しづらいかもしれないが、この頃までは東京人の感覚と田舎の人のセンスには大きな開きがった。本人たちは全く意識していなかったろうし、結局、全国区ではそのセンスが支持されたのだから、日本は全体で見れば「田舎」だったのだろうけれど、世を席巻していた地方出身フォーク歌手が歌い上げた詞の世界は、東京でリアルタイムに70年代を生きた人間から見ると、どうも時代錯誤のドラマだらけだった。
 大袈裟に言えば、男はみんな坂本龍馬のように威勢が良いか、さもなくば西郷隆盛のように無口で無骨で、長い髪の控えめな彼女は何も言わずに付いてきてくれて、三畳ひと間の下宿で同棲して風呂屋で待たされても喜んでいるのだが・・・そんな女の子は1973年ですら、少なくとも東京にはいなかった。(九州の炭坑町や、広島の片田舎でおとなしく男の帰りを待っていたのだろうか?)
 その点、東京神田生まれの実川の書いた詞は、当時のフォークの常識からするとかけ離れて女々しい内容なのだが、非常に現代的で当時の(少なくとも)東京のセンスを正しく反映したラブソングだったろう。
 J-PopでもJ-FolkでもJ-Rockもないが、樋口康夫(Pico)が石川セリのために書いた何曲かの名曲や、映画の挿入歌「愛情砂漠」、村井邦彦が書いたCMソングをデーブグルシンの弟子、横倉裕がアレンジしたNOVOの「愛を育てる」などとともに、数少ない正真正銘「昭和ソフトロック」として記憶されるべき名曲に違いない。

「もぬけのから」の裏面

 また、この時期の実川のちょっと甘くよくのびる歌声も素晴らしかった。
 テープ操作したあんしんパパの声を聴くと、一瞬ボーカルに自信がないのかと疑いたくなるが、彼は、本来透明で張りのあるハイトーンボイスをもつ素晴らしいボーカリストだ。プロデュースや作曲の傍ら、田中律子、石川亜沙美、酒井真紀、山下信司、黒田勇樹、浅野温子、磯野貴理子、室井滋など有名人も多く指導するボイストレーナーを続けていることを見てもそれはわかるだろう。
 マギーメイを解散してから、実川は「実川俊」の名前でソロ活動を開始するが、珍妙なコスチュームで「夜のヒットスタジオ」に出演させられたことがトラウマとなり、その後「人前には出ないミュージシャン、TOSIHARU」として活動することになる。
 さらに80年代後半からは、DTMミュージックに傾倒し作風はテクノになってゆく。仕事としては、アイドルへの曲提供やCM・イベント音楽制作、プロデュースなどが多くなっていったようだ。
 その中で久々に自分が歌うプロジェクトとして発案したのが「あんしんパパ」であり、そのアウトプットが「はじめてのチュウ」だったのだ。

 作曲の才能、小田和正よりも甘い声、歌のうまさ、録音技術にも精通したオタク度、どれをとっても一流なのに・・・実川俊晴はポップスターとしては成功しなかった。振り返ってみると、どうもこの人はいつも時代を意識してはいながら、大衆の意図をくみ上げるのが苦手なのか、それともあえてへそも曲げてしまうのか、いつもやや外れたものを作ってきた気がする。
 田舎ものフォークが全盛の時期には、おしゃれなソフトロックを、第二のオフコースに成れたかも知れない70年代後半から80年代には、フュージョン的なアレンジで和風SFの影響を受けた不思議な歌を歌い、テクノも時代遅れになった90年代に、熱心にテクノを追求し・・・。

実川俊晴 はじめてのチュウ(本人のうただが、これでもエフェクトがだいぶかかっている。)

 逆にだからこそ、「はじめてのチュウ」のような、どのジャンルにも入らない名作を作りえたのかも知れないけれど。

※「はじめのてチュウ」は、さまざまなコンピレーションに収録されいるので比較的入手しやすい。マギーメイの「続・二人暮らし」は、唯一ポリドールの通販専用販売のサイト「フォーク虎ノ門」から発売されている、ボックスセット「奥のフォーク道」に収録されているのみで、オリジナルアルバムのCD化もされていない。
本人が手作りした<実川俊晴公式サイト>で運が良ければ一部を視聴することはできるかも知れない。ただし、このサイトは今日のウェッブ・ユーザビリティの観点からすれば、電波系と言っても差し支えないほど不条理な造りのサイトである。(よく言えば、8ビットTVゲーム的ユーモア満載!)
また、このサイトから入手困難なマギーメイ、ソロプロジェクトなどの音源をCD-Rに焼いてもらうサービスもあるようだが、営業は不定期で現在は休止しているようだ。

虎ノ門
http://www.ponycanyon.co.jp/tpic/toranomon/
公式サイト
https://real-river.com/

<追記>
マギー・メイは、2016年に2枚組CDとしてコンピレーションアルバム、「12時のむこうに〜アンソロジー1969-1975」が発売された。(もちろん名曲「続・二人暮し」も収録)残念ながら現在は廃盤である。

https://merurido.jp/item.php?ky=CRCD5129-30

<追記>
最近発売された、スウェーデンのプロデューサー、ラスマス・フェイバーが仕掛けたアニソンのジャズアルバム第二弾に、なんと「はじめてのチュウ」が収録されている。クレモンティーヌのポップボサノヴァ版もあるが、同曲がついに本格ジャズにまで上りつめた。
収録アルバムは「Rasmus Faber Presents Platina Jazz -Anime Standards Vol.2」

クレモンティーヌ版

Platina Jazz 版

<再・追記>
2012年6月現在、つるの剛士が「はじめてのチュウ」を「はじめてのキス」と替え歌にしたもの歌い、キャノンの新製品、EOS Kiss X6iのCMソングとして採用されている。
また、青木里枝というシンガーが歌う、もう一つの替え歌「初めてのキズ」を採用しているジョンソン&ジョンソンのバンドエイドのCMもオンエア回数はすくないものの、ロングランで放映されている。

バンドエイド 初めてのキズ編

<再々追記> 2021.03

松本まりか主演の、サントリー「鏡月」の CMで取り上げられ、松本のアカペラヴァージョンがオンエアされた。